もう一ヶ月も前になりますが、ドイツへ向かう前に経由のため立ち寄った東京で、nobi 林さんから、例のビル・アトキンソンの講演内容を台詞とスライド資料を通じて比較的詳細に伺うことができました。それまで参加者によるいくつかのレポートで、Smalltalk システムを知る者からするとかなり無理のある(しかし古くからの Apple and/or Mac フリークからすると、もはや“常識”の範疇である)展開、つまり有り体にいうと Apple は Lisa と Mac によって GUI を“無から”生みだした…、という類のものを目にして気になっていたのですが、どうやらこれは単に伝え手の認識不足や勝手な解釈によるものではなく、アトキンソンの講演内容自体、そうした解釈に導かれるように巧妙に仕組まれたものであることが判明した(^_^;)ので、メモ。
聴衆に誤った認識を与えかねない表現に、某所で茶々を入れていた the の付け方というのがありましたが、もっと決定的なのをイントロダクション(タイトルはこのエントリーの見出しと同じ。ただし大文字による強調は私)に見ることができます。列挙されていた項目は、改めて探すとマサトレさんのこちらのレポートのこの画像(ちょっと手ぶれ)でも確認可。ここで注意したいのは、Lisa や Mac からさかのぼること5年ほど前の Smalltalk システムで、これに当てはまるのは(つまり、未実装だった)のはドラッグ&ドロップだけであること(そのドラドロにしても「今、そう聞いてイメージされるかたちで…」という但し書きが必要でしょう)。
ずるいことに、アトキンソンはこれらが Lisa や Mac で特徴だとも、ましてはじめて実現されたものだとも言っていません。タイトルにも most を付してあるので、これらの逆をほぼ満たした Smalltalk システムの存在を否定するものでもない…と。つまり、嘘はついていないのです。がーん。しかし、聞き手はどうかというと、Lisa や Mac を作ったと言われる本人が、こうしたイントロを出してきたら、当然、現在主流のこうした UI は、Lisa や Mac によって世にもたらされたものだと思うはず。普通の人でもそうなので、いわんや、Apple and/or Mac フリークをや。
ただ、罠ばかりかけている(失敬)わけではなく、「Designing the Lisa user interface」と題したスライドにおいては、Smalltalk システムを“たたき台”として作り上げたに過ぎない Lisa の特徴には触れず、Lisa の UI デザインが、ユーザーテストとそれからのフィードバックを加味した多数のプロトタイプの作成に力を入れた結果であることがきちんと強調されていて好感が持てます。もっとも、まさしくこの点が Apple のオリジナリティなのであり、この講演でも、各種レポートでも、欲を言えば GUI の歴史的記述においても、強調されるべきことなわけですが…。
Lisa がプロトタイプ時に Smalltalk からコピーした(のち、廃止、あるいは採用を断念した)ものは、
- プロポーショナルフォント
- ウインドウ
- マウスオペレーション
- ポップアップメニュー
- スクロールバー
- カット・コピー&ペーストオペレーション
- ウインドウシェード(Smalltalk システムのウインドウの「折りたたみ」)
- ツールパレット(モードレスオペレーション…っていうかモードの可視・明示化?)
Lisa のプロトタイプ時に新たに考え出されたものは、
- シングルメニュー(初期のメニューバー)
- ウェイストバスケット(初期のクリップボード)
- プルダウンメニュー(ただし初期のはウインドウごと)
- ウインドウタイトルのフォルダタブデザイン(いったん廃止。後にダイアログやポップアップウインドウ表示などで復活)
- メニューバー(アトキンソンのアイデアだとか)
- スクロールバーの右側への移動はグローボックスの誕生とシンクロ(左右のスクロールバーの誕生もこのとき)
- メニュー項目へのチェックマーク
新たに生じた謎としては、
- Lisa プロトタイプで、ポップアップメニューはどうやってポップアップさせていたのか?
- シング&プレースオペレーションをなぜわざわざ復活させたのか? 可変スクロールボックスを固定にしたのと同じパターン?(Smaltalk システムのセレクト&ドゥイットオペレーションを盲信しなかった?)
- システムのプロトタイピングはどんなマシンで行なったのか?(Lisa のプロトタイプ機?)